諦めは悪い方がよい

V作(ぶいさく)です。自分の書きたい事をただひたすらに書いてゆくブログになります

エナメル上皮腫にかかった時の話

V作は去年に単嚢胞型エナメル上皮腫にかかりました。

ネットで検索しても闘病記があまりなかったので自分の体験を書き残しておこうと思います。

ちょっと長くなるので暇な時にどうぞ。

 

 

V作は男、20代です。

 

発見まで

口内炎発見

夜勤のアルバイト中、口の中に激しい痛みが。

鏡で見てみると口の中にめっちゃデカい口内炎が出来ているのを発見。

耐え難いレベルだったので見つけてから終わるまでの6時間地獄でした。

口を動かすと痛いですが、動かさないと大丈夫な口内炎でした。

人生でこんなに大きい口内炎は初めてでした。

バイト後2時間後は休みたくないゼミだったのでなんとか行き、その後の授業中に先生に断りを入れて街の歯医者へ行きました。(それまで口内炎は自然治癒で直していました)

歯医者で

歯医者についた私は、担当?の若い医者にこれまで見たことのない口内炎が出来ていたこと、成人したのに親知らずが出てきていないのでレントゲンを取ってほしい事を告げました。

なら先にレントゲン取って、その後口内炎の処置をしましょうとなり、先にレントゲンを取りました。

その歯医者のレントゲンの機械が撮影時に‘エリーゼのために’が電子音で流れるのがおかしくて笑ってしまい、2回ほど撮り直しになりました(看護師さんごめんなさい)。

そこから口内炎の処置に入りました。ただのひどい口内炎なので心配ないですよ。とのことでした。

 

レントゲンには謎の影が

口内炎の処置が終わり、処置していただいた若い医者が去っていきました。

親知らずどうなってるのかな~と思いwktkして待つ私の遠くで、先程の若い医者と院長であろう老齢の医者がただごとではない様子で話をしています。

会話内容は聞き取れませんでしたが、多分親知らずがヤバい方向に生えており、どう抜くか会議してるのかなと楽観的に考えておりました。

 

しばらくすると若い医者と老齢の医者が私の所に来て、画面にレントゲンを映し出しました。

レントゲンを見るとどの親知らずもまともに生えておらず、1本が横倒し、2本が7番の歯の根本に寄り添うように生え、1本は後ろの方向で生えていました。

これを見た私は開口一番に「これやばいっすねwww」と笑いながら言ってしまいました。しかし老齢の医者が少し怒り気味に

「笑い話じゃないぞ!左側の、普通ここに見えている骨が見えていないのが反対側見たら分かりますよね。つまり何かしらの腫瘍だったりが出来ていて、骨が無くなっているかもしれない。紹介状書くので大きい病院で見てもらって下さい。」

と告げられました。

そのまま老齢の医者は別の場所へ向かい、若い医者が椅子に座ります。

私は老齢の医者が優しそうだったのにちょっと怒り気味で言った事のインパクトが強かったこと、なにより腫瘍が出来ている事がショックだった事が頭の中を巡っており、放心状態になっておりました。

若い医者が私に話しかけ、我に帰ります。

どこの病院が良いか、口内炎を抑える薬だとか抗生剤とかを処方しますとか事務的な話が続きましたが、なんとなくで返答していたような気がします。なにせショックだったので。

最後に若い医者が「もしかしたら1ヶ月以上入院かもしれません。学校に伝えたほうが良いでしょうと」告げられました。

そして紹介状が出来る日を告げられ、授業に戻りました。

確か去年の5月頃の出来事でした。

何となくで取ったレントゲンが、まさか腫瘍発見に至るとは思いもしませんでした。

 

病院へ行くまで

まだ授業中(5時間ほど同じ授業)だった私は、悪友Aと友人にその事を告げました。

反応は「マジかよ」「生きて帰れよ」とか様々でした。そりゃ友人が手術しなければならないとかなればそういう反応になりますよね。

病院に行くまでは学校やバイト先に入院するかもしれないと言いまくったりしていました。

 

そして病院へ……

ついに病院へ

とりあえず貯金が4万ほど、カードの請求含めたらマイナスな生活を送っていた時だったので、親に入院代をせびろうと母親も同伴で病院に行くことにしました。

夜勤のバイト明けでクソ眠く、仮眠を取ってからお昼に病院に向かいました。

紹介状を持って病院の受付に行くと、外来は午前までだから日を改めて来て欲しいと言われました。(事前に調べとけよ)

わざわざ1000円もかけて病院まで来た私は諦めきれず、受付のおばさんに何とか見て下さいと懇願しました。

すると診て頂ける医者が居るとの事で、口腔外科まで行って下さいと案内されました。

口腔外科ってなんぞ??歯科じゃないの??と思いました。

そこまで向かい、出会った医者は人当たりの良さそうな人でした。2児の父だと言われても違和感ない雰囲気です。

「まずレントゲンと採血など色々取ってきてね」

と言われて各部署を回って行きます。

CTをとる時に造影剤を注射されました。アルコールを飲んだ時のように体がポカポカし、何故か性的な気持ちになりました。

若いイケメンの男性と美人の女性の看護師が居て「ジッとして下さいね」とか説明を受けるわけですが、そんな気分になっていた私は、「はぁ……あ、はい」と色っぽい声で返答していました。

何故か凄く切ない気持ちだったのを覚えています。造影剤の効果が抜けると元に戻りましたが。

 

口腔外科に戻るとさっき撮影したCTやらレントゲンの結果がもう出ていました。電子カルテってすごいですね。

医者が「まだハッキリと病名は分かりませんが、左の下顎にあるものはレントゲンを見る感じとたぶんあなたの年代だったらエナメル上皮腫かもしれません。

右と比べて左の大半(じゃがいも大ぐらい?)が影になっています。

このエナメル上皮腫が何故起きるのかは解明されていませんが、埋没している親知らずがこの影に隣接しており、それが影響しているのかもしれませんね。

今度生検(せいけん)をしてみましょう。」と告げました。

「生検ってなんですか?」

部分麻酔で口の中を開き、患部の一部を切り取って検査する事です。

全身の血の気がサーッと引いていったのを覚えています。

「CTのここを見てもらえれば分かりますが、右側にある大きい骨が紙のように薄くなっています。もしかしたらなにかの拍子に折れてしまうかもしれません。固いものは食べないで下さい。」

一口チョコが好きな私はとてもショックでした。

「その骨ってもう戻らないのですか?」

「戻るかもしれませんが、根本的な治療をしなければ再発を繰り返してガンになるかもしれないので、左側のほとんどの骨を取って別の部位から骨を持ってこなければなりません。

多分肩か足の骨になります。そうなると大手術になりますね。」

「そうなるとどれぐらい入院になりますか?」

「1~2ヶ月ほどです。」

留年を覚悟しました。

そして次回の診察日などを決め、その日はおしまいになりました。 

その医者が主治医になることになりました。

親は「大変そうやねぇ。金は貸したるわ。」と他人事でした。

 

この痛ましい生検に祝福を!

(※このあたりからうろ覚えになっております)

病院へ行き、生検を受けました。

麻酔が含まれたガーゼを噛んだり、麻酔注射をされて、いざ執刀へ。

麻酔をされて感覚がないはずなのに、メスを入れられて若干変な感触を覚えました。

デザインナイフで肉のスジを切っている感触に近いと思います。

口内に貯まる血、顎あたりに感じる激痛、何かを切り取られている感覚、針を縫われている感覚etcetcetcetc……。ものすごく苦痛でした。

何より痛いです。

長い長い長いように感じた生検も終わりました。

「病理組織の採取ついでに、傷は縫っていますが空いたままになっています。開窓療法といって、圧が高くなっている腫瘍に傷をつけ、腫瘍を小さくしてゆき、小さくなったところで手術で腫瘍を取り除きます。

ここに抗生剤入りのガーゼを詰めておくので、取らないようにしてくださいね。数週間に一度、ガーゼの取替と水で洗浄します。

ついでに骨も丈夫になると良いのですが…。

あと、タバコは止めて下さい。」

といった具合でその日は終わりました。

終わって自由に口が動きませんでしたが、口が動くようになって速攻でロイヤルホストでドリアを食べました。美味しかったです。

 

やはりエナメル上皮腫だった

家に帰ってから次の通院日まで、エナメル上皮腫についてググりまくる毎日でした。

一生治癒しないかもしれない。一生病院通いになる。顔の形が変わるかもしれない。このまま放って置いたら顎の骨全部人口骨になるかもしれない。ガンかもしれない。話せなくなるかもしれない。恐竜もエナメル上皮腫に悩まされていた。

などと色々な読み物を読みふけり、勝手に不安を募らせてゆく毎日でした。

力の入る作業は出来ないとのことだったので、ただただ安静にしていました。

 

次の通院日、病名が告げられました。

「検査の結果、やはりエナメル上皮腫です。

ですが、1つの大きなふくろ状の腫瘍なので、若いですし(将来があるって意味?)骨を抜いたりはしません。腫瘍を取って経過観察になると思います。

ただ、薄くなっている骨が折れたら骨を持ってくるしかありません。

折れたら激痛が走って口が開きっぱなしになるので、すぐ連絡してください。

入院自体は10日ほどですね。

埋まっている親知らずと、その手前の奥歯(7番)が腫瘍に接しているので抜歯します。

 

ガーゼ交換と洗浄はこのまま続けてゆきます。」

手術日を決め、次の通院日を決め、その日は終わりました。

(もしかしたら2~3回の通院の事がごっちゃになっているかもしれません。ご了承下さい)

手術日まで約1ヶ月半後。どうなるのだろうと不安でした。

とりあえず最悪の事態にならずにホッとした事は覚えています。

 

手術までの日々

手術日は決まっていたので、学校とバイト先に1ヶ月程休む事を告げました。

それからは高野山までお守りを買いに行ったり、タバコ辞めるためにアイコスを買いに行ったり(そういう問題じゃない?)ちょっと忙しい日々を送っていました。

友人に激励されたり、掛け持ちしていた片方のバイト先ではとても心配され、シフトに穴を空ける事を「何も心配しなくて良い」と言われたり、もう片方のバイト先(某コンビニ)では嫌な顔をされたり、映像の仕事を貰っていた人にはめっちゃ心配されて身近な人の体験談を語って頂き励まされたりしました。

ノートPCにゲームを大量に入れ、入院の荷物をまとめたりしました。

入院の18時間前、6時間かけて原付で名古屋に味噌カツを食べに行きました。

(固いものは食べず、口に負担がかかる行動をするなと言われているのは知っていますが、もう左下の奥歯で物を噛む事は永遠に出来ない事が分かっていました。なら最後にうまいものでも食べようと思って行きました。

結局折れていなかったのでセーフですが、今考えると危ない事をしたなと思っています。しかし後悔はしていません。

矢場とんなどの有名な所ではなく、到着したのがAM0時だったので中京圏のみの?チェーン店でしたが美味しかったです。)

そして、入院です。

 

入院、手術編

手術前日

お昼ごろに病棟に入りました。

一般庶民のためやはり大部屋です。

同じ部屋には口腔外科にかかっている人がたくさんおり、口周辺の疾患にかかっている人が沢山いました。

ポリープ?か何かで喉がやられており、いびきがうるさいおじさんも居ましたが、同じ患者であるため、治るといいですねという感情が湧いていました(うるさい!とは感じませんでしたね)。

食事はもちろん柔らかいもの。舌で押しつぶせる程度のものでした。

手術に必要なおむつだったりは院内のコンビニで買いました。

確かレントゲンかなんかを撮ったような気がします。

手術前日の夜、担当看護師(なんと1つ違い!)と明日の手術の説明を受け、1徹状態だった僕は深い深い眠りへと落ちてゆきました。

 

手術当日

起床時間になると部屋の電気が点灯しますが、どうも私は爆睡していたようです。

看護師に説明を受け、歩いて手術室まで向かいました。

前室で名前を言ったり説明を受け、手術台まで歩きました。40mほど歩きました。

手術室に入り、主治医の説明を聞いたり、確認をしたりして、いよいよ手術台に寝ます。

手術台で体に色々な物をつけられ、注射をさされ、手術を待っていました。

主治医の先生はずっと準備をしていました。(私と何か喋ったりしていた気もします。)

手術室には南国っぽい音楽が流れていました。そんなの聞いても緊張屋の私はリラックスできないですよ。

そばに居た看護師が私の心拍数が高く、私の心境を察したのか話しかけてきます。

「こんな風景ドラマでしか見たことないでしょ。」

「いえ一回手術受けました。ここは床とか壁が青っぽくて暗い感じがしますね。」

「あーそういや別に手術受けたっておっしゃられたみたいですね。なら麻酔の拒絶反応とかは大丈夫でしょ!」

「まあ確かにそうですね笑。」

「そろそろ始まるし深呼吸して心を落ち着かせとき。」

と言われて眩しいライトの方に向いて深呼吸していました。麻酔医が横で何かを注入したのを見たのを覚えていますが、それから記憶がありません。

 

目覚めたら病室に居ました。横では母親が小説を読んでいたのを覚えています。

2時間ほどで終わったようです。

口が大きく腫れ、変な物が患部の跡を満たしているのに気が付きました。

しばらく麻酔が残っていたのか眠たくて寝ていました。ぐっすり眠ってから起きると、看護師が居ました。

「手術が終わって○時間は安静にして下さい。上体を起こすのはそれ以降になるので、勝手に起きないでくださいね。ではまた来ます。」

と言われてしまいました。

ずっとスマフォをいじったり母と喋ったりしていました。

机の上にはフィルムケースに歯肉がこびりついた歯が二本。それを見て初めてとうとう歯が抜かれたのに気が付きました。

今もそうですが、とにかく違和感しかありません。

全身麻酔で手術を受けた男性には分かると思いますが、尿道カテーテルは悲惨なものです。

ワガママを言って、手術が終わったら意識が戻らないうちに抜いてもらう事にしていました。

そろそろ尿意がやばくなってきた頃、時間が経って先程の看護師がやってきました。

上体を起こし、トイレまで歩けたら自由にしても良いそうです。

難なくクリアし、排尿時の激痛に耐えながらトイレにこもりました。

それを確認してちょっと経ってから母は帰り、持ち込んだノートPCでゲームをしたりネットしたりしました。

全身麻酔をした日でも意外と動けるもんですね。

前の手術の時はずっと寝込んでいました。

 

夜になり、ご飯を食べてもよくなり、ご飯を楽しみにしていました。

しかし出てきたのはペースト状のものばかり。

別の日の食事ですが、ずっとこんなものでした。

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食べても物足りないので、サッポロポテトをおかゆに混ぜて食べていました。

 

食事中に主治医が来て、口の中に2mほどのガーゼが入っていることや、診察室では見せなかった表情を見せてくれたり、励まされたりしました。

ある程度ゲームを進ませてから就寝しました。

 

パラダイスな入院生活

手術痕からの腫れが膨らんで口が塞がらなくなったり、ガーゼ交換が痛かったりしましたが特に大きな事も起こらず日が過ぎてゆきました。

風呂から上がったら悪友Aがお見舞いに来ていてビックリしたり、オトメドメインのひなたルートで泣いたりしていたら看護師に心配され、理由を告げたらなんとか話を合わせようとしてくれたり、まあ私らしい入院生活が続きました。

初夏なのに冷房完備。バイトも授業も無い、朝から晩までゲームしてネットして終わりな日々が続きました。

何度かレントゲンかCTか撮りに行きましたが、特に何もないようで、予後も良く退院の日を迎え、退院しました。

 

退院後

何度かレントゲンを撮りましたが、薄かった骨も出来てきているようでした。

腫瘍を取り除いた空間に詰めていた2mのガーゼも、肉がついてきて段々短くなってゆき、とうとうガーゼを入れなくてもよくなってきました。

ただ、ガーゼを入れなくてもよくなったとはいえ、空間はまだあるので食べカスが詰まったりします。注射器の針がないもので水をそこに注入し、食べカスを洗い流したり、感染を防ぐために歯磨きうがいは欠かせませんでした。

しばらくは通院していたのですが、私生活が忙しくなったこと、就活やらうんぬんで行く時間がなくなり、8ヶ月ほど病院に行っていません。

内定を頂けたら通院しないとですね。

再発率が(エナメル上皮腫の中で)低いとはいえ、再発しないとは限らないのです。

 

終わりに

乱文でしたが、以上が私のエナメル上皮腫の発覚から予後になります。

なにか質問があったり誤字脱字、抜けている箇所があればご連絡下さい。

ちょこちょこ修正してゆきます。